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ヒューマン

哲学的尾行『二重生活』

哲学的尾行『二重生活』


(C)2015「二重生活」フィルムパートナーズ

「尾行」と聞いて心がざわつく。
いやらしい行為ではある。が、自分の素性を知られることなく相手の素行を探るという立場を与えられるとするなら、僕はその誘惑には抗えないと思う。

白石さん(門脇麦)は、修士論文のテーマとして担当教授(リリー・フランキー)から「哲学的尾行」をやってみるよう勧められる。

尾行の対象者は、白石さんが住むマンションの隣人(長谷川博己)。優秀な編集者で小金持ちで豪華な一戸建を構え、美人の奥さんと可愛い娘に囲まれた幸せな家庭を築いている。
詮索好きなマンションの管理人のおばさん曰く、「世の中には本当に完璧な人っているものなのね」。そんな男。
しかし尾行を始めてまもなく、この男は浮気に走っていることがわかる。
何もかも満たされているようで実は何も満たされていない心を埋めようとでもするかのように。
陳腐だ(と、男も劇中で同じセリフを吐く)。
笑えないし、何だか身につまされて気持ちが落ち着かない。

一方本作は、尾行者である白石さんを執拗に画面に描き出す。
その佇まいが文句なく素晴らしい(門脇麦の魅力が炸裂しているともいえる)。
それを眺めることのできる幸福を享受すると同時に、その自分の視線を意識せざるをえない気恥ずかしさを抱かせる仕掛けが、時折インサートされる管理人のおばさんがゴミの不法投棄に備えて導入した監視カメラの動画である。

この動画を観る度に尾行者が観察者でありながら観察されていることが示唆されていると感じざるをえず、同時に映画を観ている「こちら側の視線」を意識しないわけにはいかない。つまり僕も尾行者として『二重生活』の世界を体験するわけである。

白石さんは自分自身についてこう語る。
「心の奥の大事な部分が空っぽ」であると。
尾行を通して、それを論文にしていく過程で白石さんは空っぽの心を少しは埋められたのだろうか?
尾行の対象者は心の穴を埋めようと浮気に走って結局空っぽのままだったのだが…

そして僕は、映画を観て心の空白を埋められたのだろうか?
心が空っぽという自覚があるから映画に向かっているのだろうか?

よくわかりません。わからないからまた映画を観るのでしょう。
あ、このへんが哲学的尾行っぽい?なんて悦に入って満足できちゃうところも、『二重生活』の好きなところである。

『二重生活』
監督:岸善幸
出演:門脇麦、長谷川博己、リリー・フランキー
製作年:2015年
製作国:日本
上映時間:126分

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館長
館長
夢は映画館!と人前で言うようになってから20年以上が過ぎました。 時間が経つのは早いものです。 2014年にこのサイトを立ち上げ、2015年から仙台で上映会を開催し始め、2018年からは東京でも上映会を始めました。映画関連のイベントやワークショップにもあちこち顔を出してますが、相変わらず映画館ができる気配はありません。ひとまず本サイトのレビュー、もっと一所懸命書きます。フォローよろしくお願いします。
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