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ヒューマン

腑に落ちる『さよならくちびる』

腑に落ちる『さよならくちびる』

(C)2019「さよならくちびる」製作委員会
 日常生活でも、ちょっとしたことで前向きになったり後ろ向きになったりすることがあるように映画やドラマを見ていてどうにも、モヤモヤすることがあったとき、セリフ1つでそのモヤモヤが吹っ飛ぶことは間々あります。それがわかった時の気分の良さや爽快感も楽しさの1つだったりします。
 音楽映画「さよならくちびる」は、あいみょんと秦基博の楽曲を織り交ぜながらのロードムービーです。門脇麦(ハル)、小松菜奈(レオ)が組んでいるフォ-クっぽいデュオ「ハルレオ」、ローディー兼マネジャーの成田凌(シマ)、とほぼこの3人で物語は進みます。なお、登場する楽曲の全てはハルが作詞作曲という設定です。あいみょんも秦基博も聴いていて苦痛とかではなくとも、いやちゃんと聴いたことはなく、関心度が差ほど高くなく、途中、文字としてスクリーンに出てくる詞も、上から目線はご了承いただくということで、わかるようなわからないような意味ありげな言葉の羅列にしか見えないものもありました。だから映画がつまらないということもなく、むしろ興味深く見ていました。
  この3人が微妙にかみ合っていなくて、だからこそ決着がつかず関係が続いているとも言えて、3人ともモヤモヤした感じで物語は進んでいくわけです。成田凌は話題を呼んでいる『愛がなんだ』(監督:今泉力哉)にも出演、この作品では、女性デュオに割って入るというキーマンな難しい役どころです。成田凌と2人それぞれの関係は分かり易いです、気持ちもすれ違いなどよくわかりました。でも肝心な女性2人の関係のモヤモヤ感が結構最後の方まで残ります。この2人はアルバイトの仕事場で会いますが、ハルの一目惚れで、休憩時間ハルからレオに声をかけます。ハルは作詞作曲してますが、レオは素人。ハルにギターを教わりながら、2人で活動を始めます。レオは愛想もなくぶっきらぼうで、行動も大胆だったり破天荒だったりします。ハルは創作活動はしてますが、売れたいとかもそうなくて、歌える環境があれば良い感じ、お客様相手には愛想はありません。むしろ愛想のなさそうなレオの方がお客様相手には積極的です。レオはボーカルだけなのでインタビューなどはハルに重きが置かれたりで焦りも含めてむくれ顔になったりと、この2人の出会いからのシーンとライブハウスツアーを行っている現在の2つのタイムラインをが描いていて、これがロードムービーと書いた理由でもあります。
 この2人はドンドン関係が煮詰まっていくようで、もう飽和点間近な緊張感が漂ってます。お互い嫌いではなくむしろ気遣っているのですが、関係は直りません。この辺が、わかるようでわからない、アーティスト同士だからか、または男性が感じる女性同士の関係の難しさというだけでは安直に語れないという印象です。これがモヤモヤ。そして最後の最後のライブの場面でモヤモヤがすっきりしたわけです。ここからはネタバレ注意です。

 
 

 ハルが映画最後のライブシーンでステージで珍しく語ります。「歌は世につれといいますが」と始まり、自分たちがいなくなった後(解散を匂わしています)、自分たちの歌はどうなっていくのかというような話します。匂わすと書いたのは冒頭からこのツアーで解散と決めていたのですが、ファンには公表せず、ただラジオのインタビューを断ったり大した宣伝もしないのですから、一部館主には勘づかれたりしてました。そしてこのセリフ。つまりこの瞬間、彼女たちは自分たちの歌を手放したということになります。なんとこのライブが解散を予感して多く集まったファンで大盛り上がりします。このセリフで、この人たち自分たちの楽曲を手放さず、観客にも委ねずだったのか、そりゃ煮詰まるわと思ったわけです。ここからは特に私の強い思い込みです。私はクリエイターでもないですし目指したこともありませんが、音楽に関わらず映画でも作品を世に放てばある部分作りてからは手放す部分も、観客に委ねる部分というか、そういった自覚や覚悟が必要でないかと思います。作品との距離が保てない、演者なら役柄と自分の距離が保てない人は長続き出来ないという考えを持っています。役者でヒット作のイメージから離れられなくなる人っていますよね。いろいろ語弊はあるのでなんですが、同世代なので言いますと、「尾崎豊」。彼も輝きは強烈で未だに多くの人の印象には残っていますが、彼の詞は彼に近すぎると思うのです。だから作品が彼から離れなかった。残念ながら今はもう歌ってません。私の人生で揺らがないフェバリットなアーティストは「中島みゆき」です。彼女は他には類をみない、稀有な表現の詞を書きます。内容も具体的でも客観性が入ったり俯瞰していたりします。しかし自作については聞かれても多くを語りません。「聴き手にどう解釈されてもいい。書き手に何を書かれてもいい。その覚悟を常に感じる」という評論家もいます。この作品との距離感、だからハイレベルに創作し続けられるのではと(勝手に)思っています。
 この作品の「ハルレオ」も歌詞の説明などしないでしょう、でも自分たちに余裕がなさ過ぎて、作品を観客に委ねることも、ライブ会場で目の前のファンと作品を共有することすらしていないわけで、それでは煮詰まってしまうだろうということです。そして。最後の最後に自分たちの作品を開放したら新しい境地が見えてきたという納得の締めくくりでした。

監督、原案、脚本:塩田明彦
製作:依田巽、中西一雄
キャスト:小松菜奈、門脇麦、成田凌
音楽プロデューサー:北原京子
主題歌プロデューサー:秦基博
主題歌:あいみょん
製作年:2019年
製作国:日本
配給;ギャガ
上映時間:116分

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1966年生名古屋出身、東京在住。会社員。映画好きが高じてNCWディストリビューター(配給・宣伝)コース、上映者養成講座、シネマ・キャンプ、UPLINK「未来の映画館をつくるワークショップ」等受講。青山学院ワークショップデザイナー育成プログラム修了。転勤で暮らした札幌に映画館を作りたいという野望あり。
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