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仙台に未来の映画館を創る『館長日記』と『シネマレビュー』

ヒューマン

トランシネマ第2回上映会記念『シンプル・シモン』合評

トランシネマが仙台で開催する、第2回目の上映会の日が近づいてきました!
今回は、上映会の開催と「トランシネマWEB」の開設をダブルで記念して、上映会で上映する「シンプル・シモン」をレビュアー全員で合評しました。
レビュアーによるさまざまな視点によって「シンプル・シモン」の魅力があらゆる角度から語られています。
どうぞ楽しんで読んでください。
上映会は11月7日(土)。せんだいメディアテークにて開催されます。
この合評で興味を持たれた方は、ぜひお越しくださいませ!

上映会のご案内

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『視線の、その向こうへ』

『シンプル・シモン』は、自転車の映画ではない。

だが、映画を見て思い浮かんだのは、
初めて自転車に乗った時のことである。

この世界は不安に満ちていた。
自転車は、思い通りに動くか。
広がる芝生は、自分を受け止めてくれるか。
後ろを支える大人は、信用できるか。

この映画の兄弟の関係性を、個人的な解釈で例えてみると、次のようになる。
1人では自転車に乗れないシモン。兄が後ろを支えている。
だけど、しきりに後ろを向くから、スムーズに前には進まない。
嫌なことに、時々癇癪を起こす。
兄は、弟を支えようと、手に力を入れる。
すると、重心が不安定になって、弟はますます怖くなるのだ。
兄は心配して、自転車なんて必要ない、乗れなくていいよと優しく諭す。

そんな兄弟の関係性を守るために選んだはずの彼女、イェニファー。

破天荒で、無秩序。
配慮なんてなんのその。

だけど。
彼女は、あらゆる人の間に存在する、やっかいな「違い」というものを受け入れている。
例えば、誰かと想いがすれ違ったとして、悲しい気持ちにはなっても、相手を否定することはない。
自分の思い通りに動かそうとはしないのだ。

尊重するとはつまり、そういうことだと私は思う。

そんな彼女に、シモンも兄も知らぬ間に変化を促されていく。

あなたの自転車は,あなたの意のままに。
広がる芝生は、凶器ではない。
転んだって、起き上がれる。
その自由は与えられている。誰にでも。

背中を押されてシモンが前に漕ぎ出す時、兄も支えの手を離す。
それは、全く絶妙なタイミングで。

シモンの自転車は、まっすぐに走るだろう。
兄が後ろで見ているのを知っているから怖くない。

映画のラストシーン。
シモンが新しい景色を見る瞬間を、一緒に体験してほしい。

昭和モダ子

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『変わりたいけど変われない、けど…』

アスペルガー症候群とは?

「広汎性発達障害の一種。知的障害や言語障害を伴わないで、対人関係への無関心、同一動作の繰り返しなど自閉症の症状を示すものをさす」(デジタル大辞泉より)

今 作の主人公シモンは、アスペルガー症候群の青年だ。彼は“変化”を極端に嫌う。歯を磨く時間、シャワーを浴びる時間、毎日の献立、毎週の日課、すべて予定 通りにいかないと落ち着かない。もしもそれらが困難になってしまうと、手製のロケット型ドラム缶に籠って外部との接触を断ってしまう。自分のリズムを阻む ものは全て敵。たとえそれが、実の両親であろうとも。

彼は言う。「ボクは変われないけど、きみは変われる」。病気の名前が書かれたピンバッ チを胸に、相手の顔を無表情に見つめるシモン。けれどもそんな理屈は中々分かってもらえない。母親からわめき散らされるシモン。兄の彼女から罵声を浴びせ られるシモン。果てには最愛の兄からも見捨てられてしまうシモン。「俺がぶちきれているのも分からない。アスペルガー症候群だからな!」。兄にそう怒鳴ら れて、再びドラム缶に入り込んでしまうシモン。

ただ正直に言って、私は発達障害のことはよく分からないけれども、シモンはシモンで常々自分 のことを「変えたい」と強く願っていたのではないかと思っている。シモンがオープニングからずっとドラムを叩いているのは、まさしくそのあらわれなのでは ないだろうか、と。兄の彼女に「物理の天才でもドラムの腕はサイテーよ」と言われて、「分かってるよ。だから練習してる」と言い返したシモンのすがたが無 性に印象に残ったのだ。

時として、変化というものは地球から見た惑星の動きと同じように、微々たるかたちでしかあらわれないものなのかもし れない。それでも、その微かな変化こそが幸せな明日へと続いていくことだってある。とりわけ今作のラストシーンで描かれたシモンの微かな変化には、思わずにんまり笑ってしまう ほどの、限りない可能性が感じられたのである。

くつみがき

くつみがき

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『ピュアであることの意味』

ピュア。

清純なるもの。

金曜の夜の六本木駅のホームみたいに汚れている自分なんかの心には淡く、ロマンチックに響く言葉なのだけれども、ピュアというのは基本的に手がかかるものだ。赤ん坊は親が寝る間も惜しんで面倒をみてあげなければ生きてはいけないし、アルコールだって純度が高すぎれば劇薬になりうる。ピュアな宝石は(特に世の男性陣の)財布をむしばむ。

はた目には美しく、崇高に見えるピュアも、実際にそれを受け入れるとなると、得られる感動と同じくらい多くのものを与えなければならなかったりする。

『シンプル・シモン』で描かれるのは、そうしたピュアなる存在――シモン――との対峙を思いがけず強いられることになった人々の、悲喜こもごもだ。

例えばシモンの兄サムの恋人フリーダは、アスペルガーであるシモンとの降ってわいたような共同生活に耐えられなくなり、家を出て行ってしまう。サムとの愉快な同棲生活だけを望んでいたフリーダにとって、そこに突然入り込んできたシモンは、自分の何かを犠牲にしてまで手に入れたいものではなかったのだろう。

逆に、シモンが見つけてきた兄の新しい恋人候補イェニファーは、シモンのことをすんなりと受け入れる。イェニファーはおそらくシモンのことをアスペルガーという色眼鏡越しには見ていない。ひとりの個性的な男性としか。

イェニファーのように、人間は人それぞれ、みんな違って当然と思って生きるほうがはるかに健全だし、楽しいのだけれども、現実には自分も含めた多くの人がフリーダ的であると思われ、ゆえにこの映画はファンタジーなのだろう。フリーダのようにピュアを放棄したい自分と、イェニファーのようにピュアを抱擁したい自分との間で常に葛藤しているサムの姿が、やけにリアルに映る。

ラストシーンで見せる、シモンのあの表情。あれはピュアな存在として与えられるだけだった自分にも、他人に何かを分け与えられることに気づいた瞬間なのではないかな、と何となく思った。

とら猫 aka BadCats

badcats丸

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『シモンは素の人間を映し出す鏡』

この作品の配給元であるフリッカ・ポイカさんが行った主要キャストの人気アンケートの順位は、①イェニファー、②サム、③シモンの順であったそうだ。
なるほど。
イェニファーが人気があるのはわかる。美人で包容力があり裏表がない感じ。同姓からの支持もバツグンだろう。
サムの優しく献身的なお兄ちゃんぶりも好感触だ。途中から煩悶モードに突入するのも人間くさくて共感できる。
さて問題はシモンだ。
初めてこの作品を観た時、正直僕はシモンにイラっときた。

例えば、自分の生活のペースを取り戻すため、サムと別れたフリーダに元鞘に収まるようシモンが頼みに行くシーン。
「僕は変われない。アスペルガーだから。だから君が変わって」と、相手の立場を顧みず自分を理解してもらうことのみを求める姿勢には反感すら覚えた。

しかしだ。
なぜ「反感」という感情が湧き起こったのだろうか?
それは、シモンに自分が重ねて見えてしまったからだと思う。
僕も基本的に変わりたくなくて、できればまわりが僕に理解を示し、僕に合わせて変わってくれることを望んでいる…なんて子供じみた身勝手な僕!それをシモンを通して透けて見えてしまったことでうろたえてしまったのかもしれない。

そういう視点を持ち出してこの映画を再度観直してみると、映画は俄然深みを伴ってくる。
シモンが遭遇する様々なできごと、シモンに浴びせられる様々な言葉、をアスペルガー症候群であるシモンの他人事として聞き流すのでなく、自分事として真摯に耳を傾けてみる。
ふむふむ。

でも、結局この映画の中でシモンは変わろうとはしていないような気がする。
劇的なラストの大仕掛けも「計画通りに行動する」というシモンの行動原理から逸脱したものではない。
しかし結果として周りを巻き込んでの一生一代のプロジェクトを成し遂げ、「計画通りでない結末」を招きよせたことに深い感動を覚えるのだ。

館長

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『愛すべき不器用兄弟に乾杯』

『シンプル・シモン』の登場人物であなたが好きなのは誰だろうか。「シモーン!」と冒頭で叫ぶお母さんに始まり、バスの運転手(その正体はシェフ) やシモンの職場の面々、ワンカットだけ登場する警察官とパトカーの中のピエロ(!)まで。今作は魅力的なキャラクターで溢れている。

僕が もっぱら気になってしまうのは、シモンの優しいお兄ちゃん・サムだ。彼は「シモンには自分がついていないとダメなんだ」と強く思い込み、無意識のうちに同 居の恋人・フリーダにもそれを求めてしまう。何をするにもシモン第一のサムに、彼女はついに愛想をつかして家を出て行く。しばらくしてサムがやっと彼女を 訪ねたと思ったら、それも行方不明のシモンを探すためだ。これでは恋人を失うのも無理はない。アスペルガーを抱えるシモンの苦労と同じように、それを取り 巻く家族の苦悩も、今作ではサムを通じて丁寧に描かれている。

また、修理工(ものを直す)というサムの職業も、面倒見がいい彼の性格にぴっ たりだ。サムはどうやら本能的な優しさ故に、実はシモンと同じくらい不器用なのではないだろうか。イェニファーに諭されることで、彼は初めて、シモンのこ とを理解しているようで本当はよく知らなかったことに気づく。

ラストシーン、サムはドラム缶に入ったシモンとそれに寄り添うイェニファーを 残して部屋を去る。二人のあいだに心と身体の交流が生まれてキュンとする幕引きだが、これは同時に、弟離れすることのできた兄の成長が垣間見れる瞬間でも あり、ただのラブストーリーとはひと味違った感動がある。(この“優しい兄貴”というキャラクターの登場はアンドレアス・エーマン監督の前作『ビッチハグ (2012)』にも共通していて、こちらも是非今作と合わせて観たいキュートな青春ストーリーだ。)『シンプル・シモン』はシモンの物語であるのと同じく らい、サムの物語でもある。愛すべき不器用な兄弟に何度でも乾杯したくなる、心暖まる一作だ。

うたたね むにゃたろう

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『音声ガイド付日本語吹替の新たな楽しみ方』

シンプル・シモンのDVDには「音声ガイド」、そして「ガイド字幕」が付いている。

「音声ガイド」とは、場面、人物の動き、情景、字幕など、視覚的な情報を言葉で補うナレーションのこと。そして 「ガイド字幕」とは、劇中で聴こえる音を解説する字幕のことで、実際に目や耳が不自由な方が映画・映像を観る際に大変役に立っているものだ。
配給の方々はこのシモンの物語をさらに多くの方に観ていただけるよう、DVDをバリアフリー仕様で制作することを決めたと公式HPに記載があった。

今までバリアフリー仕様で制作された映画を見たことがなく、どんな感じなのだろう?と興味がわいた。試しに「音声ガイド付き日本語吹替」で見てみた。
画面上にある情景が簡潔に述べられていく。決してセリフや効果音を邪魔しない。
私は映画館で1度この映画を見て、2度目に「音声ガイド付き」で見たが、実は気づいていなかった新たな発見を「音声ガイド」に教えられたりもした。とても新鮮だった。
そして、私はこんなにたくさんの情報を目から得ているのだと改めて認識した。

今度は目をつぶって音声だけで聞いてみた。
ト書きのおかげで、情景が浮かぶ。そしてこの感情のこもったセリフと、無感情なト書きのギャップが結構ハマるのよ。
気に入ってしまって、パソコンでBGMとして再生しながらメールしたり、家事をしたり。
「こんな映画の楽しみ方もあるのだな」と新たな発見。

本来の目的で使う方々のためにも、バリアフリーのDVDがもっと増えるといいね。

rinko

bolly

 

 

 

 

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『NEVER SAY NEVER』

近年の北欧映画は、何らからのかたちを通して幸福の追求を主題にした映画が多い。
フィンランド映画『365日のシンプル・ライフ』は、家が物に溢れ、自分を見失った主人公が、自分を見つめ直すため、「何もない部屋」から「いま僕には何が必要なのか?」「現在の状況下の中でどうしたら幸せを見出せるだろうか?」と考える。スウェーデン映画『さよなら、人類』のロイ・アンダーソン監督も、映画の中の登場人物たちは常に不平不満を、うまくいかない現状を嘆き悲観しているが、それでも「幸せはどのにあるのだろう」とその希望を探している。明日もまた変化のない同じ(ような)日が来るのだろうと想像しながらも、「ラスト・オーダーだよ!」とささやかな明日に乾杯をするのである。その明日が今日よりも良い日だと信じて。

決して同じ日が訪れることがないように、日々変化できるのが、人間の持つ美徳であり、可能性の一つである。「時間」という概念がある限り、私たちは変わらない人はいない。変わりゆく時の中で、皆歳をとり、太陽は昇り、そして日は沈む。同じようだけれど、でも昨日とは決して違うあたらしい一日がはじまる。
しかし『シンプル・シモン』の主人公であるシモンは、その変化する日々を極端に恐れる。彼はアスペルガー症候群を患う青年である。毎日決まった時間に起床し、シャワーを浴び、朝食を食べる。彼の脳内は理性的に、そして実に効率よく、数々の数字が頭の中でひしめきあっている。

そんなシモンを「変化」という外の世界への誘うのが、イェニファーという存在である。彼女はシモンが恐れる予測不可能な行動を常にとり続ける。彼女は変化を恐れず、寧ろ変化をすることを望む。まるでシモンの頑なで冷えきった手を解きほぐすかのように、イェニファーは屈託のない笑顔と天真爛漫さでもって、その手をすこしずつあたためていく。
感情は機械のように無機質なものではなく、計画的で、そして数学のように「答え」が確定しているのものでもない。不確定だからこそ、そこにあらたな可能性が誕生する。変化とは未来であり、未来とは、明日である。変化をすることは、決して恐れることではない。寧ろその変化を享受することが、幸せになる大きな一歩だと信じさせてくれるのである。

Trancinema1

 

 

 

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『シンプル・シモン』

監督:アンドレアス・エーマン
出演:ビル・スカルスガルド、マッティン・ヴァルストレム、セシリア・フォッシュ
製作国:スウェーデン
製作年:2010年
上映時間:86分
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