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ヒューマン

フィクションとノンフィクションの狭間『37セカンズ』

フィクションとノンフィクションの狭間『37セカンズ』

(C)37Seconds filmpartners
2019年の韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(監督:ポン・ジュノ)は第92回のアカデミー賞を席巻し、第72回カンヌ国際映画祭でのパルムドール受賞から続く勢いで世の中の潮流の変化が表われています。ただ、今の日本映画がそこに続くとは単純に思えません。輝きはあっても単発です。若手といわれる監督の作品をさほど見ていないのでなんですが、内容が内向きでガラパゴス化をしている部分や製作現場の抱える問題もありつつ、最近の作品はエンタテインメントが少ないイメージです。もちろん設定自体がエンタメというのはありますが、まじめ風な作品にエンタメ要素を加えると効果的という発想でしょうか。あと、昨今やらせだとかフェイクだとか含め、安直な正義を元に騒ぎすぎる帰来があって、嘘を許さないというこのギスギスした感じも影響しているように思います。
 映像化されたものは実話ベースはもちろん、ドキュメンタリーでも作り手のフィルターを通しているので、嘘と言わないまでも、意図があって当然で、そこに事実を脚色したモノがあったとしても、例えば登場する人物の感情に共感できれば、それは見る人にとっての真実になり得るはずです。実話ベースでもフィクションならなおさらのこと。客観的真実より自分だけの真実を見いだしたときの喜びの方が大きいはずなんですけどね。

『37セカンズ』のHIKARI監督は日本人女性、2つのアメリカの大学で紆余曲折を経て30歳過ぎまで舞台芸術や映画を勉強、今ではアメリカの大手エージェンシーに所属しているとのこと。根拠はといわれても言えませんが、成る程という感じで、映画は作り手の思いとか主張であるとかと同レベルで「エンターテインメントである」という意識が感じられます。かつて話題を呼んだ『チョコレートドーナツ』(監督トラヴィス・ファイン 2012年 米)では主演は実際ダウン症の男子で、養父たちを演じた俳優も実際同性婚をしていたりで迫真に迫っていて、実話ベースでした。この作品はというと全てフィクションのようですが、「ほんとうのところ」を感じ取れます。事実っぽい話に上手くフィクション、ありえない展開が混ぜ込んでありますが、実話?フィクション?とか、こんなのありまえないのでは、という言葉は、現実に障がい者である主演の桂木萌の圧倒的な真実の姿の前には無意味になってしまいます。この作り方は拍手もので、昨今の「嘘を許さない」という日本の風潮でも受け入れられるのではと思います。プロダクションノートによると、脚本は何年かかけてあたためてきたものでしたが、配役のオーディションで主役を見いだすと、そんな思い入れのあるであろう設定をあっさり、桂木萌本人の実際の障害、例えば後天性でなく先天性であると書き換えて、話も組み直したのことです。
 
 この話には周囲も極悪人とまではいかなくとも、彼女の才能を食いものにする健常者の適度な悪人がいて、主人公もそのことに気づきながら、でも自分の状況から限界を決めつけ諦め状態。母子家庭で支える母親も「この世間は障害者には危険すぎる」と過保護気味です。
主人公は前半何かにイラついた感じがあって、それが食いものにされている現状から来ていることだから打破しようと、仕事でも私生活でも冒険に近いチャレンジを試みます。その途中で偶然会った人たちを頼り、自分のルーツを辿る中で、意外な事実を知ります。この偶然会う中の一人が渡辺真起子さん演じるの女性ですが、この巡り会いが、フィクションとはいえ、状況からみても、彼女の転機になっていることを示しています。
 自分には、彼女が自力でたどり着いた事実が彼女のイライラの根源だったと感じられて、周囲とか彼女が決めつけていた障害者の限界でもなく、心や魂のレベルで埋まっていなピースがあり、そこに起因していたと示唆しているとすると、いろいろ腑に落ちてきます。
 ということで、障害者云々ではなく、一人の女性が人として自分探しをしながら少女から少し大人になる話としても充分成立しています。その上に圧倒的真実の姿ですから。物語に厚みが増すわけです。障害者として社会の世話になる遠慮とか負い目を持つところから、周りの人を支える存在になる萌芽、大人になるエピソード0(ゼロ)とも言えます。健常者であろうが障がい者であろうが誰かに頼らずに生きることはできないし、状況に関係なく、それはあくまで個人差で、その点では皆同じ。もっとも、彼女の境遇を自分なんぞに、当たり前が日常である自分に置きかえるなどという不遜なことはあり得ませんが、フィクションとノンフィクションの狭間のようなこの作品で、人として察することができる部分、自分にとっての真実を見出せました、あえて言い換えると、共感出来ました。

監督、脚本:HIKARI
製作:山口晋、HIKARI
挿入歌:CHAI
キャスト:佳山明、神野三鈴、大東駿介、渡辺真起子、萩原みのり、芋生悠、渋川清彦
製作年:2019年
製作国:日本・米合作
配給;エレファントハウス
上映時間:115分

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1966年生名古屋出身、東京在住。会社員。映画好きが高じてNCWディストリビューター(配給・宣伝)コース、上映者養成講座、シネマ・キャンプ、UPLINK「未来の映画館をつくるワークショップ」等受講。青山学院ワークショップデザイナー育成プログラム修了。転勤で暮らした札幌に映画館を作りたいという野望あり。
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