(c)2018若松プロダクション
演劇の演出助手をしていたことがある。
稽古場での居場所は基本的に劇団の主宰である演出家の隣。ある時主宰から言われたことがある。「僕と君はすぐ隣に座って、同じように役者たちにあれこれ指示しているけれど、二人の間には決して渡ることのできない深い川が横切っているのだよ」と。
どういう状況でそんなことを言われたものかすっかり失念してしまったが、本作を観てその言葉が甦ってきたのは、本作の主人公であり若松組の助監督だった吉積めぐみが、不意に監督の代行をすることになり、助監督としてのキャリアも現場の信頼も十分あるのにも関わらずすぐには指示を出せず、トイレに籠ってひと呼吸整えるというというシーンに接してであった。
演出家-演出助手、監督-助監督の間を隔てるものは何なのか?もちろん、両者の関係性が比較可能なのかどうかはわからないが。
めぐみは、若松に「俺の映画をどう思う」と問われ、「映画でここまでやれるんだと思いました」と答えている。自分の中にある何かを撃つものを若松の映画に見い出し、若松組の扉を叩いた。さぞかし勇気の要ることだと推察するのだが、彼女はじっさいに行動した。最初の頃こそ現場でヘマをし、若松に「俺の視界に入るな」と罵倒されたりもしたが、「今日はめぐみに働かされたな」と若松に冗談めかして言われるほど、助監督として現場を切り盛りする技能も磨いた。
それでもめぐみは言う。「監督になりたいけど、何を撮りたいかわからない」。
映画では妊娠の問題が大きくのしかかっているように描かれていたが、わたしの目には、自分の中から湧き出る「何か」、これがないばかりに彼女は短い生涯を自ら断ったように見えた。
彼女には1本だけ監督作がある(と映画では描かれている)。劇中、企画モノか何か、短編のエロ映画を監督している。が、初号試写を終えた後、目を合わせず曖昧な感想しか言わない若松組の同僚たちと、その空気の淀みに耐える彼女の姿に、わたしも演出した作品を1本上演した経験があるのだが、その時の空気をまざまざと思い出した。
本作は、持たざる者の苦悩を峻厳に描き、しかしながらそれでも必死にもがいて生きる人間に対するまなざしが暖かい。同時にこの映画は、自堕落で楽ちんな毎日をのうのうと生きている人間を、「お前は既に死んでいる」と宣告しているような気がした。肝が冷えた。
『止められるか、俺たちを』
監督:白石和彌
出演:門脇麦、井浦新、山本浩司
製作年:2018年
製作国:日本
上映時間:119分
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