中学生の頃、テニス部の市内大会で優勝したときに「世界が真っ白になった」ような感じがした。
高校生の頃、生まれて初めて付き合った同級生と夏祭りでそっと手を繋いだ瞬間に「甘いメロディーが流れ始めた」ような感じがした。
今でもなんとなく思い出す、その瞬間、その感覚。その他にも、10代の頃には何やかんやと「心の中」が劇的に彩られた瞬間が多々あったような気がする。
しかしながら、それももう最近では、ついぞそんな感覚を味わったことがないように感じられる。嬉しさも、悲しさも、怒りも、楽しさも、年を経るごとにたくさんのことを経験してきてしまったからなのだろうか。それとも、もはや無限の可能性に満ちた未来に向かって進んでいた若かりし頃のような純粋な気持ちがすでに消え失せてしまっているからなのだろうか。何をやっても、何が起こっても、何か心の中ががらんどうになってしまったかのような感覚に陥ってしまったりもするのである。
そんなことを、ふと今作『Somewhere』の主人公・ジョニーを見ながら考えてしまった。何をしたいのかが分からない、曖昧な立ち振る舞いをする中年の男。お金もあり、仕事もあり、ハリウッドスターというセレブな生活を謳歌しているにもかかわらず、どこかパッとしない表情を見せ続ける覇気のない男。娘のスケート姿を見ても、行きずりの女とセックスをしても、楽しいのか、つまらないのか、ただ漫然と日常を送っていく男の姿を捉えた画面が全編ほぼ「無音」で描かれているところにも、どこかそんな男の空っぽな心の中が表されているように感じられた。
だがしかし、それだけに、そんな静かな画面の中からほんの束の間、ほんの微かな音色の「音楽」が流れ出た瞬間に、心がわさわさとうずいてしまった。
それは、主人公がホテルの部屋にポールダンサーを呼んだり、映画祭にゲストとして呼ばれた際に流されていたどぎつい音楽なんかではなくて、あの時、あの瞬間、確かに彼の「心の中」で鳴り響いていた、男にとって大切なひと時を彩った音楽。
オープニング―音のない世界―、どこから来てどこへ行くのか、所在無げに立ち止っていた男が、エンディング―鳴り響く音楽―、どこかへと向かって力強く歩き始めた姿をみて、何か日ごろの自分に欠けているものを垣間見させられたような気がした。
『SOMEWHERE』
監督:ソフィア・コッポラ
出演:スティーヴン・ドーフ、エル・ファニング
制作:2010年
制作国:アメリカ
上映時間:98分
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