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サスペンス

プロフェッショナルからもたらされる希望『否定と肯定』

プロフェッショナルからもたらされる希望『否定と肯定』

(C) DENIAL FILM, LLC AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2016

法廷モノの面白さはどこにあるんだろうと考えていた。舞台となる空間が法廷とそれ以外の2つがくっきりと分かれている。そのため登場人物たちの性格を多方面から見ることができるので、人物造形の密度が高く、そしてより複雑に表現されることによる面白さ。分かれた空間で起こる出来事が互いに影響し合い進んでいく高いドラマ性による面白さ。有罪判決となってしまう冤罪や間違いの中裁かれてしまう良心、もしくは裁かれなかった犯罪や悪意といった、観客である私たちは真実を知っていても物語が悲しい結末へ向かうことを止められない無力感ややるせなさなどの感情を巻き起こす面白さ。きっと、面白さの理由を上げたらキリがない。そんな中私は、プロフェッショナルが未知の分野に臨みそしてプロフェッショナル並みの理解を得る過程を、法廷モノの面白さの一つとしてあげたい。

『否定と肯定』でも、ホロコースト研究家である主人公デボラを擁護する弁護団たちはホロコースト否定論者アーヴィングと立ち向かうために、彼らの専門分野ではない歴史を学ぶ。時としてドイツ語から学習し、アウシュヴィッツへも訪れ、その分野の専門家の力も借りて自分たちの理解を深めていく。ホロコーストの存在をイギリスの法が裁くといういびつな裁判に弁護団はデボラというその道のプロフェッショナルをあえて関与させずに進めていく。弁護団たちは正しい判断力を持って、誤謬と事実を切り分け、そして真実を導き出すのだ。この裁判の勝利は、知識の勝利だと思う。知識というのはあとからついてくるものだ。私たちにはどの真実を知識として身に付けるのか選択することができる。つまり正しい判断力(批判的に物事を見られる姿勢、とも言い換えたい)がなければ虚実を事実だと受け止め理解してしまう可能性があるのだ。アーヴィングとその取り巻きたちは極端な例なんかではない。正しい情報へのアクセスがなかった時はいつだって、彼らのようになってしまうだろう。

映画のラストは、知識によって違いを埋めることができるという可能性だった。ユダヤ人であるデボラとイギリス人弁護団たちの意識の違いは知識で埋まることができた。それは、ユダヤ人のみがホロコーストの記憶へ関われるのではないということでもある。直接的な関係性を持たない人たちも、知識を持ってすれば近くことができる。自分と物事の違いや差を埋めることができるのは、バラバラになりそうな今の世界にとっての大きな希望だ。つまり、この世の中で自分と無関係だと言えることは何一つない。

非プロフェッショナルの人間が知識によってプロフェッショナルになるという過程は面白さがあると同時に、私は自分の責任感を覚え始める。私が知識だと選択した真実は、本当に事実に支えられた真実なんだろうか、と。流れる情報をただ受け取っている日々に、警鐘を鳴らすような映画だった。

『否定と肯定』
監督:ミック・ジャクソン
出演:レイチェル・ワイズ、トム・ウィルキンソン、ティモシー・スポール、アンドリュー・スコット
製作年:2016年
製作国:イギリス/アメリカ
上映時間:110分

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kiki aoki
本当は息を吸うように映画を見たいのだけれど、と思いながら毎晩眠りにつく。
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