
(C)2016 CG Cinema・Arte France Cinema・DetailFilm・Rhone-Alpes Cinema
予告編や本作の紹介記事などに、「凛とした女性の強さ」「前向き」といったキーワードが多く見受けられるのだが、強く違和感を感じる。本作に接して僕はそのようなワードは一切思い浮かばなかった。
イザベル・ユペール演じるナタリーの立ち居振舞いは僕の目にとても魅力的に映ったのだが、強いとか前向きだとかそういう要素によるものではない。
映画にはたいていストーリーというものがあり、その多くは観客を飽きさせないために「起伏」を伴っているものだ。
そういった観点で見ると本作には見事なまでに起伏がなくて、ただひたすら淡々とナタリーの生活を追っていく。その筆さばきはストーリーというよりは「ストリーム」とでも呼びたくなる。
もちろんそれなりに色々なできごとは起こる。が、ハっとするような特別なできごとが起こるわけではなく、基本的に誰にでも起こりうることばかりだ。
思うに我々は映画に過剰な「意味づけ」を施す傾向があるのかもしれない。それが映画としてのおもしろさを証明するかのように。しかし本作でそれをやろうとすると映画の本質から逸れていくのである。
ナタリーの職業は「哲学教師」である。
哲学とはものごとの本質に迫るために余計な意味や解釈をそぎ落としていく手段だと僕は捉えている。
ナタリーは意識的にせよ無意識的にせよ、自身にふりかかるさまざま出来事をありのままに、つまり「本質的に」受け止めようと振舞う。彼女は強いわけでも前向きなのでもない。彼女のアティテュードが哲学的な素養に根ざしているというだけのことである。
しかしそんなナタリーは周りから理解されているとは言い難く、観ているこちらが切なくなったりする。が、彼女が劇中で何度か相手に対して「類型的だ」的な意味合いのセリフを慎ましやかに、しかしハッキリと発したシーンで僕も心の中で「んだ、んだ」と強く頷き、ひとり勝手に溜飲を下げて盛り上がった。
生きていれば色んなことが起こる。いいことも悪いことも。
が、できごとに意味を見出すのでなく、できごとに直面する自分のオリジナルなありよう、すなわち「生」そのものを自分の目で見つめ続けること。そんな姿勢を軽やかに貫くナタリーから「真の聡明な振舞い」を見せてもらえた気がする。
そしてナタリーは本当に素敵な人だと思う。
『未来よ、こんにちは』
監督:ミア・ハンセン=ラブ
出演:イザベル・ユペール、アンドレ・マルコン、ロマン・コリンカ
製作年:2016年
製作国:フランス、ドイツ
上映時間:102分


最新記事 by 館長 (全て見る)
- 2024年劇場公開映画ベスト30 - 2024年12月31日
- 2023年劇場公開作ベスト17 - 2023年12月31日
- 2022年新作公開映画ベスト10 - 2022年12月29日