(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
時は、開国か否かで日本中が大きく揺れ動いている江戸時代末期。
江戸近郊の農村で、農家の手伝いで糊口をしのぐ浪人杢之進(池松壮亮)は、隣人の農家の娘ゆう(蒼井優)の弟・市助に毎日木刀で剣の稽古をつけている。
真っ赤な鉄の塊を金槌で打ちつける刀の精製のシーンで幕を開ける。地鳴りのような轟音が被さり、震える手で刀を持つ杢之進に繋がる。次の稽古のシーンでは、手持ちカメラの躍動感もあり、杢之進は市助とともに縦横無尽に駆け回っている。
刀。
刀に執着する若い武士。
木刀を持たせたら発揮される無限の才覚。
この3つのイメージが冒頭で示される。
「音」が執拗に強調される。刀を鞘から抜く時に生じるかすかな摩擦音が必要以上に耳に入ってくる。冒頭の刀鍛冶のシーンと相まって刀の切れ味とずしりとした重みが観る者に刷り込まれる。
実際、刀の威力が如実に示される場面がある。武芸の達人・澤村(塚本晋也)が、無法武士たちを切りまくるシーンがそれである。スッパリと斬られた手足から血が勢いよく噴き出す。
澤村は、杢之進の剣術の才覚を見込んでスカウトする。激動の時代において今こそ武士としての使命を発揮する時であるという思いを持っている杢之進は、これを断ることができない。が、いかんせん人を斬ったことがない。先の無法武士たちを討つ場面には澤村と杢之進の2人で向かったのであるが、杢之進は刀を使えず、木刀で立ち廻ったのだ。
監督の塚本晋也は、「一本の刀を過剰に見つめる若い浪人」というイメージを大昔からあたためていたそうである。
杢之進は、時に自慰の対象とするほどに刀に異常に執着している。人を斬ったことはないが剣術の腕は一流。武士の本分を発揮せねばならぬという時代的な要請に対する焦り。いびつに分裂した武士の断末魔が画面にねっとりとへばりついたかのような悪夢的な画の連なりが、恐ろしくも美しい。
ラスト。杢之進は澤村と対決する。決着の行方はよくわからないままカメラが森の奥へ奥へと進んでゆく。対決を見届けたゆうのうめき声がいつまでも響きわたる。杢之進がその後どうなったのか示されることはない。かくして若い武士の葛藤はわれわれ観客に引き寄せられるのだ。
『斬、』
監督:塚本晋也
出演:池松壮亮、蒼井優、塚本晋也
製作年:2018年
製作国:日本
上映時間:80分
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