(C)2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 (C)2018 瀬川晶司/講談社
冒頭の、将棋盤に駒を並べるカットから立ち上がる濃厚な何か。
本作がただならぬ映画であることが直観され、観ているわたしは思わず居住まいを正す。が、本作の主人公「しょったん」の子供時代を追う第1幕は肩透かしをくらうかのように実にすがすがしく、彼が並外れた将棋の才能の持ち主であることが描かれる。
が、第2幕で雰囲気は一変する。ここにおいて冒頭のカットが孕む緊張度の意味を了解した。
しょったんは、将棋のプロの養成機関である「奨励会」に入会する。ここでのプロ昇段試験で足踏みを繰り返し、日々真綿で首を絞められてゆくような恐怖感が描かれるのだ。
年齢制限は26歳。それまでに昇段試験である「三段リーグ戦」で上位に食い込まなくては、プロになる機会を永遠に逸する。
また、入門する若者たちの多くは、子供の頃からプロを夢見て将棋漬けで生きてきた。将棋しかできない彼らはいったいどうやって社会に適応してゆけばいいのか?彼らはプロへの道を断たれたら、夢を一生叶えられない絶望と、生きていく術すらおぼつかないという、二重の恐怖に立たされるのである。
そんな恐怖感から逃避するため、しょったんは(もちろん日々将棋に精進しているのだけど)仲間と酒や賭け事に興じる。勝負の世界においては才能のない者はもちろん、仮に才能があっても言い訳を見つけ努力を怠る者は勝ち残ることはできない。また、優しい性分のしょったんは、リーグ戦のプロまであと一歩という対局で窮地に陥った対戦相手につけ込むことができずに勝ちを逃す、ということをやらかす。かような優しさは勝負の世界では「甘さ」を意味し、敗北を招くしかない。
というわけで、しょったんはプロになれぬまま26歳の誕生日を迎える。優しく彼を見守り続けた父が亡くなった時、「一所懸命将棋を指していませんでした」と号泣する彼の気持ちが胸に刺さる。
豊田監督はかつて「奨励会」に10年近く在籍し、プロになることを断念した経歴を持つ。そんな監督自身の人生体験が濃密に反映しているのであろう本作における、青春の絶望を描きこむ筆致は容赦ない。だからこそ絶望の後のリベンジ戦が用意される第3幕が味わい深い。
プロになれなかったしょったんは就職するが、会社での仕事をこなしながら将棋のアマチュア名人になり、プロとの対戦で連勝するという経緯を経てプロへの挑戦権を手にし、運命の六番勝負に挑むのだ。
かつて自分の夢を諦めた人々の希望を背負い、しょったんは駒を打つ。現実とは必ずしも夢の実現ではない。が、同時に必ずしも絶望でもない。そんな感慨をいだいたわたしは、冒頭と同じ将棋盤に駒を並べるカットのラストシーンに、冒頭とまるで違った印象を受けたのである。
『泣き虫しょったんの奇跡』
監督:豊田利晃
出演:松田龍平、野田洋次郎、イッセー尾形、小林薫、國村隼
製作年:2018年
製作国:日本
上映時間:127分
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