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青春

名前『レディ・バード』

名前『レディ・バード』

(c)Merie Wallace, courtesy of A24

「レディ・バード」こと17歳のクリスティンの夢は、生まれ故郷の田舎町を出てNYに行くこと。NYで具体的に何をしたいのか、自分がどうなりたいのか決めているわけではない。ただただ、「文化のある」大都会に行けば「何者かになれる」と、根拠なく信じている。

クリスティンが住む田舎町における居場所は、学校、スーパー。あとは自分ん家、彼氏ん家、友達ん家くらいのもの。それらが彼女の世界のすべてであり、だからこそ彼女にとって町の外は夢の世界だ。国は違えど、田舎に生まれ、高校を卒業して上京したわたしのような者にとって、容易に自分を重ね合わせることができる設定だ。

友人との低脳まるだしのバカ話、ダサいので敬遠していたが参加してみたら意外と楽しかった学校行事の演劇、パーティーで夜遅くまで馬鹿騒ぎしてテンションが上がったが親の不機嫌に接してクールダウン…まったく同じ体験をしているわけではないけれど、思わず自分を投影したくなるエピソードが続く。

そして、本作の本筋ともいえる母親とのやりとりの数々。
「田舎を出て都会に行きたい娘」と「娘には地元の大学に通ってもらって、自分の手元に居て欲しい母」との齟齬。言い換えれば「とにかく親から離れたい子供」と「子離れできない親」の対立構造は、母の娘に執着する感じがリアルに描かれていたこともあり、わたしは男だけど大いに感情移入して胸が苦しくなった。

クリスティンは自らを「レディ・バード」と呼び、周りにも強要する。本名が書かれた書面などがあればわざわざ訂正を入れるほどの徹底ぶりだ。その甲斐あって、友達だけでなく先生や親からも、つまりオフィシャルにレディ・バードと呼んでもらえるようになる。
が、念願かなってNYに出てきて大学の新しい仲間に名前を訊かれた時、彼女はあれほど固執した「レディ・バード」でなく、本名の「クリスティン」を名乗るのである。

何者かになりたい(なれるという根拠のない自信だけはある)けどやりたいことは何もない、ただこの町から出たいとだけ願っていた少女は、しかし自分の世界から飛び立つことで初めて「名前」について気付いたのである。
『レディ・バード』はとても丁寧に作りこまれた映画だ。だから気付くと自分を投影してしまっている。そんな世界の中で、少女が辿り着いた地点に立ち会えた感慨はひとしおであった。

『レディ・バード』
監督:グレタ・ガーウィグ
出演:シアーシャ・ローナン、ローリー・メトカーフ、ルーカス・ヘッジズ、ティモシー・シャラメ
製作年:2017年
製作国:アメリカ
上映時間:94分

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館長
館長
夢は映画館!と人前で言うようになってから20年以上が過ぎました。 時間が経つのは早いものです。 2014年にこのサイトを立ち上げ、2015年から仙台で上映会を開催し始め、2018年からは東京でも上映会を始めました。映画関連のイベントやワークショップにもあちこち顔を出してますが、相変わらず映画館ができる気配はありません。ひとまず本サイトのレビュー、もっと一所懸命書きます。フォローよろしくお願いします。
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