Toggle

ヒューマン

あゝ、無常。『ラブレス』

あゝ、無常。『ラブレス』

(c)2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS

冠雪した無人の森。曲がりくねった川。静かで動くものが何もない風景の中で唯一水鳥がスーっと川を横切っていく。
冒頭の風景描写で、一気に映画の世界に持っていかれた。そしてこのどんよりと曇って寒そうな風景に、根拠はないがロシア的なものを強く感じた。きっと過去に観たロシア(およびソ連)映画の記憶が反応しているのだろう。

そんな風景の中をひとりぼっちで下校(これが下校路ってのがすごい。さすがロシア)する少年が帰宅した家は、小ぎれいで洒落てて家賃が高そうなデザイナーズマンション。冒頭の寒々としたロシア的な風景の空間との対比が印象的だ。

少年が悲しげな目で窓越しに見つめる先には丘があり、子供たちが楽しそうに遊んでいる。
マンションは売りに出す予定らしく、新婚夫婦が下見に来ている。臨月の若妻が窓の外を見つめる、新しい生活にこめた希望に満ちた目が、少年とは対照的だ。
少年の両親は離婚が決定的となっており、口汚く罵りあいつつ息子を押し付け合っている。既にそれぞれ愛人がいて新しい生活に舵を切ろうとしているのだ。

やがて少年は失踪。
警察が捜索をボランティアに丸投げするのにはたまげたが、このボランティア隊の統率力とプロフェッショナリズムには目を見張る。が、依頼主の両親が全然捜索に熱心でないのだ。お前らたいがいにしろよ!ってところなのではあるが、彼らの心のプライオリティは別のところにあるのだ。詮無いことである。

母親はリッチな初老の男と付き合っている。が、いかにも高級そうなその愛人の家や車の窓越しに外を見つめるカットで見せる彼女の表情はどこか所在なさげであり、むしろ自らが経営するエステサロンで身体を磨いていたりスマホ(恐らくインスタ的なもの)を眺めている表情の方が楽しげ。自分LOVEといった風情だ。
父親が勤めるのは給料が高そうな大企業。人々は近代的なオフィスで粛々と仕事をし、システマティックな社員食堂でベルトコンベアーのように食事を摂取している。その中に佇む彼の眼は虚ろ。自分の世界に沈殿しちゃってる感じだ。

ボランティア隊は精力的に捜索を続ける。
行く先々に現れるのは、森林、廃墟、巨大なパラボラアンテナなど、荒んではいるがどこか雄大な光景だ(タルコフスキー『ストーカー』の「ゾーン」を想起した)。
少年の両親が身を置く環境と、ボランティア隊が切り開いていく環境がまったくもって対照的だ。

時が経ち、結局少年が見つからないまま、両親はそれぞれの愛人との生活を続けている。
かつて住んだマンションは解体作業が始まっている。
母親は、TVから流れるロシアのウクライナへの侵攻の報道にまったく興味を示さず、窓を開けてベランダに出てランニングマシンのスイッチを入れる。せっかく外に出たのに一歩も前に進まないのか…

カメラが冒頭と同じ風景を映し出すエンディングを眺めながら、彼女が今いる居心地がよさげな居所もいずれは廃墟になるか取り壊されて自然に還っていくのだな、などと勝手に無常感を感じてしまった。

『ラブレス』
監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演:マリヤーナ・スピヴァク、アレクセイ・ロズィン、マトヴェイ・ノヴィコフ
製作年:2017年
製作国:ロシア、フランス、ドイツ、ベルギー
上映時間:127分
オフィシャル・サイト

The following two tabs change content below.
館長
館長
夢は映画館!と人前で言うようになってから20年以上が過ぎました。 時間が経つのは早いものです。 2014年にこのサイトを立ち上げ、2015年から仙台で上映会を開催し始め、2018年からは東京でも上映会を始めました。映画関連のイベントやワークショップにもあちこち顔を出してますが、相変わらず映画館ができる気配はありません。ひとまず本サイトのレビュー、もっと一所懸命書きます。フォローよろしくお願いします。
Return Top