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仙台に未来の映画館を創る『館長日記』と『シネマレビュー』

ラブストーリー

チャンスの先にあるもの『ラ・ラ・ランド』

(c) Summit Entertainment、ギャガ、ポニーキャニオン

ミュージカルとは馬が合わない。ヒヒーン。

なぜかと言うと、自分の中の“躁”との対峙を強いられるジャンルだからだ。

子供の頃からヒーロー作品にはいまいちのめり込めなかった。なぜなら彼らは大切な場面で必ずと言っていいほど一時の感情に押し流され、窮地に陥るからで、幼い私はそんなシーンを目にするたび「決して自分は感情に流されない」と強く言い聞かせたものだった。

その甲斐あってか、今では車に乗ってもキレない大人に仕上がった。例えば公道で強引に割り込まれても、それは単なる事実として脳内に書き込まれるだけで、感情の発露として処理されることは決してない。いや、たまにあるか。まあ、おおむねない。

が、ミュージカルはその真逆の姿勢でなければ楽しめない。

まず、キャラクターたちからして“躁的”だ。楽しいことがあればすかさず歌って踊るし、嫌なことがあればすかさず、やっぱり歌って踊る。それを観ている観客たちも、キャラクターと同じように、まあ、さすがに映画館では歌って踊るわけにはいかないから、心の中で歌って踊ったり、体を微妙に揺さぶったりして作品を満喫する。

が、自分はこういった対応が上記のような理由から苦手だ。「感情を表に出すと死ぬ」と無意識下に叩き込まれているので、そういった躁ウェルカムなミュージカルシーンが始まった瞬間、脳が白旗を上げて逃げ出してしまう。あとはひたすら寒いだけ。

そんな自分にも『ラ・ラ・ランド』は楽しめた。

なぜかというと、それは本作が“チャンス”を取り扱った映画だからだ。

劇中でミアも吐き捨てていたが、チャンスという代物は恐ろしく鋭利な諸刃の剣だ。現れるときは「ハーイ、ぼくチャンス! 今度一緒にマイアミのビーチでスイカ割らない?」みたいな感じで超フレンドリーに迫ってくるが、いざしくじった途端、「お前ゴミだわ、死ね」と手のひら返しで切り捨て、その後は二度と戻ってこない。

自分の生業たる翻訳という仕事には「トライアル」という、いわばオーディションがあって、自分もミアほどではないが幾度もチャンスを手放してきた。一度など翻訳とはまるで無関係な理由で落とされ、その理不尽さに臍を噛んだが、今思えばそれは「あんた才能ないわ」と通告する代わりの方便だったのかもしれない。が、落とされたほうは基本的に、映画の中のミアと同じようにまずブチ切れ、その次に地獄よりも深く落ち込むだけである。

優しいチャンスなんて、この世には存在しない。

だからこそ、チャンスの両側にはいつもドラマが眠っているのだろう。

『ラ・ラ・ランド』
監督:デイミアン・チャゼル
出演:ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン
製作年:2016年
製作国:アメリカ
上映時間:128分

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とら猫 aka BadCats
メジャー系からマイナー系まで幅広いジャンルの映画をこよなく愛する、猫。本サイトでは特にホラー映画の地位向上を旗印に、ニンゲンとの長い共存生活の末にマスターした秘技・肉球タイピングを駆使してレビューをしたためる。商業主義の荒波に斜め後ろから立ち向かう、草の根系インディー映画レーベル“BadCats”(第一弾『私はゴースト』)主宰。twitter@badcatsmovie

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