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ヒューマン

全身全霊を傾けて生きる人間を受け止めよ『ニーゼと光のアトリエ』

全身全霊を傾けて生きる人間を受け止めよ『ニーゼと光のアトリエ』

(C)TvZero

分厚い鉄の扉をノックする中年の女性。
「ドン・ドン」
扉は開かない。
ちょっと強めに
「ドン・ドン・ドン」
やはり開かない。
何度かそんなノックが繰り返された後
「ドン!・ドン!・ドン!・ドン!・ドン!・ドン!」
ようやく扉が開かれる。

扉の向こうに何があるのか?
不安感を煽られつつ一気に引き込まれるオープニングシークエンスだ。

まもなく建物の中は精神病院であること。女性はニーゼという精神科医であることがわかる。
男性医師たちが研究発表を行っている中、唯一の女性医師としてひとり着席するニーゼ。
そこでは劇的な効果をもたらす治療法としてのロボトミー手術と、その安価な施術法としてのアイスピックを使った方法が紹介されている。
マジかよ…

冒頭の不安感の正体はコレだったのかと、冷たいものが背筋を伝わるのを意識しつつ合点する。
続いて電気ショック療法が公開される。
患者が泡を吹き、身体が激しく痙攣する。
これらのショック療法が本作の舞台となる1940年代には当たり前のように行われていたという、信じがたい事実。

しかし、「暴力的で残酷な治療法は決して認めない」という確固たる信念を持つニーゼ。
演ずるグロリア・ピレスの穏やかで聡明な、しかし強い意志を感じさせる表情に全てを託し、それだけを頼りに僕はこの過酷な映画の世界に入っていくことができた。

はたしてニーゼは、患者たちに優しいまなざしを向け、意味不明としか思えない言動に耳を傾けるという態度。すなわち患者の人間としての尊厳に最大限の敬意を持って接してゆく。
劣悪な環境も徐々に改善され、部屋はカオスから次第に秩序だった世界に変容してゆく。
そして「絵を描く」ことの導入。
患者たちが絵を描くことをキッカケに、ほんの少しだけど変化していく様に胸がいっぱいになる。

もちろん事はそうすんなりと行くわけではなくて、保守的な男性医師たちのむごたらしい横槍が入ったりもする。
が、絵を描く患者たちの表情や、治療法の一環として仲間になった犬たちとの交流を目の当たりにすると、「人間とはその個性の違いを超えて等価である」ということを実感として噛みしめることができる。

終始揺れるキャメラ。
実話がベースである本作をドキュメンタリーっぽく見せよう、などといった浅薄な動機などでは決してなく、ニーゼや患者たちの全身に詰まった「生」を伝えようという確固とした意思を感じるキャメラが捉えた世界を、どうか受け止めてほしい。

『ニーゼと光のアトリエ』
監督:ホベルト・ベリネール
出演:グロリア・ピレス、シモーネ・マゼール、ジュリオ・アドリアォン
製作年:2015年
製作国:ブラジル
上映時間:109分

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館長
館長
夢は映画館!と人前で言うようになってから20年以上が過ぎました。 時間が経つのは早いものです。 2014年にこのサイトを立ち上げ、2015年から仙台で上映会を開催し始め、2018年からは東京でも上映会を始めました。映画関連のイベントやワークショップにもあちこち顔を出してますが、相変わらず映画館ができる気配はありません。ひとまず本サイトのレビュー、もっと一所懸命書きます。フォローよろしくお願いします。
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