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ヒューマン

プロフェッショナルと揺らぎ『ハドソン川の奇跡』

プロフェッショナルと揺らぎ『ハドソン川の奇跡』

(C)2016 Warner Bros. All Rights Reserved

邦題は『ハドソン川の奇跡』だが、原題は「サリー」。本作の主人公であるサレンバーガー機長の愛称である。
その原題は、本作が大掛かりなパニック映画でなく一人の男の葛藤の物語であることを端的に表している、と僕には感じられた。

僕は映画鑑賞に先立って関連情報を極力仕入れない派だが、本作に関しては飛行機が無事不時着し乗客が助かることぐらいはさすがに知っていたため、冒頭の飛行機がニューヨーク市街に墜落する場面で軽く混乱し、「911」を如実に想起させるような絵づらにショックを受けた。

まもなくサリー(トム・ハンクス)の悪夢映像であることが判明するわけだが、実際の機長もPTSDでこんな映像に悩まされたのかどうかは定かではないが、この映像が僕の『ハドソン川の奇跡』体験にとって極めて重要なのである。

機長は「英雄」と「奇跡」という呼ばれ方を嫌ったそうだ。
多大な人命を預かる職業の責任としてなすべきことを行っただけだから英雄なんかじゃない。あまたある選択肢の中から最良と判断した方法を実行したまでだから奇跡なんかじゃない。
というわけだ。
映画の中でも国家運輸安全委員会(NTSB)に査問されるシーンで、「墜落」を「着水」という表現に訂正させているところにもその思いが表現されている。

事故発生から着水に至るまでの機内を描いたシーン。
パニックシーンをパニクった描写でなく淡々と描いている。
この未曽有の事態に、サリーをはじめ副機長(アーロン・エッカート)やキャビンクルーの冷静かつ毅然としたプロ中のプロの対処。見ているだけで力が湧いてくる。
本物のプロフェッショナルがなすべきことをなしたことでもたらされる奇跡(機長は嫌った表現だが)のような顛末に心底感動する。

しかしだ。
NTSBの厳しく執拗な追及にサリーは揺らぐのである。
「あの選択は果たして正しかったのだろうか」と。
冒頭の墜落シーンが言葉を介さずにその心境を如実に伝えてくる。「ありえたかもしれないもうひとつの、そして最悪の」選択結果として。
その時は最善を尽くしたつもりだが、後から「あれで本当によかったのかなあ」と思い悩む体験は枚挙にいとまがない。今までの人生そればっかだ、僕の場合。

155名の命を救った最高のプロフェッショナルとその「揺らぎ」の物語。「サリーの物語」に僕は心底魅了されたのである。

『ハドソン川の奇跡』
監督:クリント・イーストウッド
出演:トム・ハンクス、アーロン・エッカート
製作年:2016年
製作国:アメリカ
上映時間:96分

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館長
館長
夢は映画館!と人前で言うようになってから20年以上が過ぎました。 時間が経つのは早いものです。 2014年にこのサイトを立ち上げ、2015年から仙台で上映会を開催し始め、2018年からは東京でも上映会を始めました。映画関連のイベントやワークショップにもあちこち顔を出してますが、相変わらず映画館ができる気配はありません。ひとまず本サイトのレビュー、もっと一所懸命書きます。フォローよろしくお願いします。
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