
(C)2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMAS
観終わった後にわき起こるやるせなさをどこにどう向けたらいいのかわからず途方に暮れてしまった。「やるせなさ」という表現が適切かどうかも自信がない。しかし愉快な感情が起きないことだけは間違いない。
慎ましやかに暮らす家族が得体の知れない男の闖入を受け入れ、破壊されていく。それでも家族を続ける様はまさに生き地獄だ。だがこの家族、特に夫婦の関係性に、僕はのっけから大きな違和感を覚えた。
敬虔なプロテスタントの信者である妻と娘がお祈りを唱えてから食事を始めるその横で、夫はお祈りにも妻の問いかけにも食事にすらまるで無関心で新聞を読んでいる。その光景に異様な空気感が漂っているのだ。
本作には数々の衝撃の展開が用意されているのだが、僕にとってはこの冒頭の食事シーンの衝撃度が忘れ難く、一種の地獄にも見えた。しかしそれは特異な情景でもなんでもなくて、普通の家庭によくある光景なのである。すなわち我々の普通の生活はまんま地獄なんだよとスクリーン越しに言われた気がして背筋が凍った。
『淵に立つ』が示す世界は「悲劇が起きて地獄に転落」でなく、「もともと地獄」なのであり、そんな世界を目撃していったいどんな感情を抱けばいいというのか?
深田晃司監督がインタビューでこんなことを答えていた。
「本質的に人間は孤独であるし、意味があって生きている訳ではないと思うんです。もともと生命体が生まれて偶然の化学反応が起きた結果、生命が生まれてきたけれど、そのこと自体には何の意味もないし、自分たちが生まれて死んでいくのも、意味がある訳ではない。 でも…」
「otoCoto」深田晃司ロングインタビューより
「でも…」以下が重要だし、ここだけ抜き出すのはフェアじゃないことを重々承知のうえで言うが、これが監督の人間観だとすれば、『淵に立つ』はそんな人間観に真摯に向き合った稀有な作品だと僕は思う。
さて、本作のタイトルの由来にもなっている平田オリザ(劇団「青年団」主宰。深田晃司監督の師匠筋に当たる)の言葉がある。
「いい芸術を作ろうとすれば自ずと人の心の闇を覗かないといけない。それは崖の淵に立って、その下の暗闇を覗き込むようなものだけど、芸術家自身がそこに落ちてしまってはそもそも表現などできない。ギリギリまで行きながら踏みとどまれるのが芸術家なんだ」
出典元。同上
すごい立ち位置に立ったものだと思う。
でも、そんなふうに「淵に立つ」勇気のない自分でも、そんな覚悟を持って撮られた映画を「観る」ことだけはできる。
「地獄で仏」の心境である。
『淵に立つ』
監督:深田晃司
出演:浅野忠信、筒井真理子、古舘寛治、太賀
製作年:2016年
製作国:日本/フランス
上映時間:119分


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