(C)2015「母と暮せば」製作委員会
衝撃作である。
序盤と終盤にとんでもないショックが用意されている。
「母と暮せば」は、細やかな日常描写の積み重ねによって描かれる「具」が、序盤と終盤の衝撃という「生地」に挟まれたサンドウィッチのような作品だ。
まず序盤。長崎における原爆投下シーン。
古今東西、映画の中ではさまざまな爆弾の爆発が描かれてきたが、原爆の威力(邪悪さ)をここまですさまじく描ききった例を僕は寡聞にして知らない。
そして終盤。
こういう着地をするとは予想だにしていなかった。いや、決してトリッキーな展開ではない。が、ああいう幕切れは常人にはそうそう発想できるものではない。
さて、序盤の破壊描写に心拍数が一気に高まるものの、その後は慎ましやかな幸せが丁寧に描かれる。終戦直後の混乱と貧困、そして戦争による死別という悲しみを常に湛えているので、何でもないできごとのひとつひとつが愛おしいのだ。
演出面においても、役者たちのちょっとした表情や仕草に隅々まで目が行き届いている。
また、精緻な音響は本当に素晴らしい。
スクリーンには自分から寄り添って行きたくなるような静謐な映画の世界が展開されていた。
「母と暮せば」は、「具」の部分に相当する世界に身を浸しているだけで充分に満足な体験が得られる作品である。
しかし、いやそれだからこそ終盤に訪れるとんでもない展開に我を忘れ、そして涙が止まらなくなるのであった。
僕は映画を観て涙ぐむ程度のことは時たまあるが、涙が頬を伝うことは滅多にない。ああ、してやられた。でも、気持ちいい。
山田洋次恐るべしである。御歳84歳。時たまインタビューの様子などを拝見すると穏やかな物腰の爺の雰囲気をまとっているが、悪魔のような手練れである。もちろん僕は喜んでその掌の上で転がされたい。
クリント・イーストウッド85歳。ゴダール85歳。そして山田洋次。
映画は未だ恐るべき爺たちによって更新され続けている。
『母と暮せば』
監督:山田洋次
出演:吉永小百合、二宮和也、黒木華
製作国:日本
製作年:2015年
上映時間:130分
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