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1969年の第1作劇場公開から50年、1997年以来22年ぶりの製作となった「男はつらいよ」シリーズ最新作。
本シリーズにおいて発揮される監督の山田洋次の作家性は、市井の人々の生活を直截に描く小市民喜劇といったところであろうか。そういうイメージで臨むと、冒頭の満男の夢(初恋の人・泉への苦悶の愛を叫ぶという何とも前時代的な)のシーンには困惑を禁じ得ない。続く、寅さんの扮装をして不自然な合成の背景のもとテーマ曲を歌い上げる桑田佳祐には違和感すら覚える。
妻の7回忌を迎えることとなった満男はサラリーマンから小説家に転進している。暇だけはいくらでもある売れない作家と自嘲するが、彼の最新作は好評。そのサイン会の行列の中に泉が現れる。国連の仕事で世界を駆け廻る泉との再会に驚きつつ、彼女をかつて寅さんと相思相愛の仲だったリリーが経営するジャズ喫茶に連れて行く。
このような現在進行形の話から、本作は頻繁に過去作品にジャンプする。時に現在のパートとの整合性に支障をきたすほどに過去のシーンが鮮明に屹立する。ジャズ喫茶での魔女然とした浅丘ルリ子の存在感と彼女がいるだけで醸し出される異様な緊張感は必見であるが、過去パートにおけるリリーの美しさには呆けたように見惚れるしかあるまい。観客は映画の中での時間の往還を体験し、登場人物の想像に仮託して観客じしんの「あの頃」を呼び起こすのである。「あの頃」がいつなのか、甘美だったり苦味だったりするのかは人それぞれ。
日本全国を寅さんが旅するロケを今回は満男が引き受ける。泉を連れ、泉の父が暮らす介護施設を訪れる。父が泉に渡した小遣い1万円の
穴埋め+香典の前借り1万円=計2万円を満男がふんだくられるという寒々しい光景が繰り広げられる。
満男は書き下ろし長編小説の執筆を決意する。
小説も映画もフィクションである。現実だけで生きていける人もいるがそうでない人もいる。そんな人たちに向けて、フィクションの世界を通して自由気ままに振舞ってもいいよ、と本作は呼びかけているかのようだ。そう考えると、冒頭の奇妙な絵面は「これはお話ですよ」と、観客をフィクションの世界にいざなう丁寧な前フリとも解釈できる。
『男はつらいよ お帰り 寅さん』
監督:山田洋次
出演:吉岡秀隆,倍賞千恵子,前田吟,後藤久美子,浅丘ルリ子,渥美清
製作年:2019年
製作国:日本
上映時間:116分
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