
(C) こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
「のん」。
シンプルすぎる名前だ。ほとんど人を食ったような次元で。しかし、能年玲奈という才能が今陥っている不遇を踏まえて見直すと、その印象はがらりと変わってくる。
その字面から漂ってくるのはゆるやかな「拒絶」。自分はどの領域にも属さず、決して怒鳴らず、批判せず、ただただ日々を生きていたいという意志だ。この子はもはや、俗人とは異なる視点で世界を達観しているのではないかとすら思う。
『この世界の片隅に』は、敢えてジャンル分けするなら「反戦映画」ということになるのだろうが、過去の反戦映画とは趣がまったく異なる。そうした作品ではドキュメンタリーでもない限り、多かれ少なかれ、創作者の意向や見解を代弁するセリフや演出が採り入れられるものだが、本作においてそうした主張はほぼ見られない。
そこにあるのはただ、事実のみ。戦争があり、原爆が落ち、その中でも人々は暮らしていたという事実だけを、入念な時代考証をもって描くことに徹している。
これは正しい方向性だと思う。悲しいことだが、今や戦争は遠い過去の話となりつつある。自分はもちろん戦争を直接知っている世代ではないが、それでも子供の頃には満州帰還兵の爺ちゃんと暮らしていたし、それなりに戦争を肌で感じられる機会はあった。だが、今の世代は自分から探していかない限り、そうした場すら与えられないように思う。
そういった世代へ向けて「戦争は悪だ!」と声高に訴えるだけでは、伝わるものも伝わらないのではないか。当事者の怒りを第三者がまったく同じレベルで共有することは、基本的には不可能だ。かの名作「はだしのゲン」が今、何かと槍玉に挙げられるのも、単に読み手と戦争との距離が開いてしまったことが大きいように感じる。
だからこそ『この世界の片隅に』は、今や数少ない戦争世代だけではなく、戦争を知らない世代の心にも同じように響くのだろう。なぜなら、その中で描かれているのは人々が世代を超えて共有するもの――「日常」だからだ。
食べて、寝て、愛して、生きる。そうした人の営みはいつの世も変わらない。そんな日常に突如として、抗いようのない非日常が食い込んでくるという図式は、現代人なら大震災や原発事故に翻弄されたあの時期とも容易に結びつけられる。そしてあの時も確かに日常は続いていた。異様な非現実感を伴いながらも、冷静に、淡々と。
そして本作のそうした普遍性に大きく寄与しているのは、間違いなく、冒頭で述べた「のん」の声だろう。
世代や、怒りや、イデオロギーなどとは無縁の場所に存在する、あらゆるものを受け入れ、流れていくような「のん」の声は、今後も時代を超えて響き渡っていくはずである。
『この世界の片隅に』
監督:片渕須直
出演(声):のん、細谷佳正、稲葉葉月
製作年:2016年
製作国:日本
上映時間:126分


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