
(C)Blumhouse Productions/Blue-Tongue Films
笑って水に流そうや。
なんて言うが、現実世界において自らの過怠や失態をゲラゲラ笑って水に流してもらえることなど、まずない。いや、ないことはないが、表面上は「いやいや、とら猫さん。人間だれしも過ちを犯すもんです。言うでしょう、罪を憎んで人を肉まんって。なんちて。だから次がんばってくださいね。ケ・セラ・セラ正則」なんて朗らかに了見しつつも、腹の奥底ではいまだに怒りが煮えくりかえっていて「てめえマジいつか殺す」と思っている、あるいは思われていることが大半だろう。
ちなみに仕事に干されるときはだいたいそんな感じで、水面下で事態が悪化していく。で、気がつくと、あのときのあのミスは大目に見てもらったはずなのに? あら? あらら? あらららら? みたいな結果になり、翌日から雑草に醤油をかけて食いつなぐ羽目になる。フリーランスの悲しみ。
閑話休題。つまり和解とは本質的に重層的なものなのだ。表面上では和解できていても、その下のレイヤーでは戦いは続いていたりする。そして厄介なことに、加害者のほうは得てして和解を持ち掛けてきた相手の言葉を真に受け、ああ、おれっち赦されたんだと勘違いする。
なぜなら、一生反省を続けるのは辛いから。メンタルがすり減るから。死にたくなるから。罪悪感を抱えて生き続けるのは苦しいので、だったらたとえ建前だけの言葉でも信じ込み、相手の真意はさておき、自分の中では一方的に過去のものとして消化し、前に進んでしまったほうが精神の健全が保たれるからである。
『ザ・ギフト』で描かれるのは、そうして「笑って水に流された」はずの過去の代償を、忘れた頃に利子五万倍になって払わされる罪人の物語だ。
実に怖い。なぜなら、人はいつ、どこで恨まれているか予想がつかないからだ。仮に誰かを傷つけてしまっても、上述のとおり、一応分別ある人々で構成される人間社会においては表面上は「笑って水に流して」もらえることが通常で、だが実際には水に流れるどころか停滞して発酵し、爆発寸前まで追い詰められている恨みつらみが、そこらじゅうにうようよ漂っているのである。
そしてある瞬間、何かの行為が引き金となって、その「笑って水に流された」はずの怨念が牙をひん剝いて襲いかかってくる。すべてを思い出したときにはトゥー・レイト。キャロル・キングの歌を反芻しながら愚かな過去を悔いることになる。
社会はおよそ、そんな感じで回っている。
『ザ・ギフト』
監督:ジョエル・エドガートン
出演:ジェイソン・ベイトマン、レベッカ・ホール、ジョエル・エドガートン
製作年:2015年
製作国:アメリカ
上映時間:108分


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