シャチが好きだ。
流線型の美しいフォルムに白と黒の鮮やかなツートンカラー。人間並みに感情豊かで、家族や仲間を大切にし、群れごとに言語を持ち、いざとなればホワイトシャークすらねじ伏せる。
仕事に倦んだときなどは、シャチが大海を優雅に泳ぎ回る映像を観ているだけで癒されるし、もちろんかの海洋動物パニックの名作『オルカ』も何回も観ている。
『ブラック・フィッシュ』はそんな世界中のアイドルであるシャチが、水族館でのパフォーマンス中にトレーナーを食い殺してしまうという衝撃的な事件の真相に迫ったドキュメンタリーである(ちなみに現時点で日本では劇場未公開、オンラインで字幕版が配信されているのみ)。
こうした映画を見るにつけ思うのは、“喜び”という一見無垢な感情が孕むリスクだ。
シャチにしてみたら、自分たちのショーを見て喜ぶ子供たちや、その子供たちを見て喜ぶ大人たち、そういう客たちを見て喜ぶトレーナーたち、その客やトレーナーたちを見て喜ぶ経営者たちの思惑なぞどうでもいいこと。それなのに、彼らは人間たちの喜びのために捕獲され、隔離され、調教される。
それと引き換えに食うには困らなくなるが、にしても割に合わない。一種の誘拐監禁である。
ただ、その誘拐によって喜びを得る者がいる限り、水族館のシャチショーは存在し続ける。つまり意識的であれ無意識的であれ、シャチショーから何らかの喜びを得る者全員が無言の共犯者なのだ。
喜びを得ることによって当人は元気になり、活力も湧いてくるので、そこに罪はないように思えるが、誰かが喜んでいる陰で誰かが泣いていたり、人知れず憂苦しているということは決して少なくない。
だからこそ、人は喜びを得たなら、その喜びを相手に返してやらなければならない。そうでなければ喜びと悲しみの釣り合いが崩れ、しまいに喜びは独りよがりな一部の手で寡占されてしまうだろう。
喜びを与えるだけ与えたあげく、ヒレを力なく垂らしてプールに浮かぶシャチの姿は、あまりに痛々しい。
『ブラック・フィッシュ』
監督:ガブリエラ・カウパースウェイト
製作年:2013年
製作国:アメリカ
上映時間:83分
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